安倍晋三首相よ八月十五日には靖国神社参拝を!

 七月の参院選で自民が圧勝した。これで衆・参の捻れが解消し、自公連立による政権運営は順風満帆といったところだろう。
だが、これで安泰した訳ではない。つまり、与党内の「捻れ」である。
これが衆・参の捻れよりも困難でやっかいなのだ。
自民党内には未だに親韓・親中派と呼ばれる売国議員に加え、創価学会政治部の公明党という傀儡集団が蔓延っているため、安倍政権への足枷となって妨害工作をする者たちがいる。
衆・参の捻れは選挙によって解消が可能だが、与党内の捻れこそ政権運営どころか国家を機能不全に陥れられてしまうおそれがあるのだ。
 ヤルタ・ポツダム体制こそ打破せよ! 安倍晋三総理が掲げる「戦後レジームから脱却」とは一体何か?
戦後体制とは、ヤルタ・ポツダム体制の継続であり、それが未だに続いているということだ。
では、ヤルタ・ポツダム体制とは凡そ次の事であろう。
①ソ連の対日参戦・千島引渡し密約 ⇒ ロシアの北方領土占領継続
②五大国主導による国連秩序の構築 ⇒ 日本は常任理事国になれず・敵国条項も継続
③占領憲法(ポツダム憲法)の押し付け ⇒ 占領憲法継続、「平和憲法を守れ」(憲法 9条カルトが跋扈)
④戦後民主主義(ポツダム民主主義)の押し付け ⇒「戦前の日本は暗黒の非民主主義国 家だった」とする自虐的国家観・歴史観継続
⑤占領憲法と戦後民主主義の監視機関(反日マスコミ・日教組.)設置 ⇒ 言論界・教育 界の左翼占拠継続、世論操作の巧妙化  と、以上のような事であろう。
特に⑤のマスコミによる監視体制は日本国民に多大な影響力を持つ。
即ち、NHKを始めとするマスコミの監視体制とはヤルタ・ポツダム体制の維持監視なのだ。
 マスコミが安倍叩きをする理由は、安倍総理がこのヤルタ・ポツダム体制の内容を熟知し破壊を目論んでいるためで敗戦利得者として存続し得なくなってしまうからである。
従って、日本は永遠に敗戦国としての存在を維持し続けなくてはならないのが現在のマスコミの正体なのだ。
冗談ではない!有史以来、たった一回の敗戦で民族の存続さえも保証されない現状はなんとしても打破をしなければならない。
親・兄弟・家族・国土を死守せんと犠牲になられた先人はどのような思いで死地に赴いて逝かれたのか。
それは只々、祖国を護るためであり一命を賭して日本精神・魂の存続のためであろう。
誰一人として外国の女を性奴隷にするために征ったのではない。
そういった方々が祀られているのが東京九段にある「靖國神社」である。
 ならば、国のために犠牲になった先人が祀られている神社に感謝の誠を最も捧げなければならないのは畏れおおくも天皇陛下であり、一国の時のリーダー、即ち総理大臣である。
しかし、日本のマスコミはこれを是とする報道は一切しない。
散々と騒ぎ立て、支那・朝鮮の反発を引き出している。
あたかも世界中が首相の靖國神社参拝を批判しているという印象操作を国民に植え付けている許されがたい行為をしているのである。
しかも靖國神社そのものを否定している国は支那・朝鮮の反日国だけだ。
これだけを見ても分かるように日本のマスコミは支那・朝鮮の影響を強く受けているかが見てとれるではないか。
 世界各国の共通する認識は「いかなる国家も、その国家のために命を捧げた国民に対して敬意を払う権利と義務がある」とする。
米国のアーリントン墓地では各国の要人が渡米するたびに必ず献花をするのが慣例となっている。
もちろん時の米国大統領が追悼しても内外から非難される事はない。
我々日本民族から見れば同胞を三百万人以上も殺戮した許さざる米兵が埋葬されている墓地を一度たりとも非難も批判もしていない。
しかし、日本と戦争をしたことがない支那・朝鮮だけが日本民族の支柱である靖國神社に対し難癖を付けている。
 何をか云わんやである。
安倍首相が最近、米国のマスコミのインタビューで、靖国神社参拝についての質問に、「アメリカ国民が戦死者に敬意をあらわす場所であるアーリントン国立墓地を考えてみてください」と言った。
そして「アメリカの大統領も、その場所(アーリントン墓地)に行き、私も日本首相の肩書きで訪問した」と言い、「(アメリカ南北戦争当時の)南部軍将兵が眠っているが、アーリントン墓地に行くことは、奴隷制度を支持することを意味しているわけではないと、ジョージタウン大学のケビン・ドッグ教授も指摘した」と強調した。
 更に「国のために命を捧げた人々のために祈ることは、日本の指導者としては至極当然のことで、他の国の指導者と異なるところはない」と主張した。
まさに正論ではないか。
因みにマスコミが云うところの世界中が非難している靖國神社を参拝している世界の要人を列挙すると、こうなる。
昭和20(1945)年1月    満州国 王充郷・駐日大使
昭和21(1946)年3月22日 米国 GHQ ロバート・G・ガード氏
昭和29(1954)年4月26日 (国連) 首席参謀 ターレント陸軍大佐
昭和31(1956)年4月19日 中華民国 張道藩・立法院院長一行
昭和31(1956)年5月17日 ビルマ(現ミャンマー) 政府最高顧問 ウー=ティ=テイラ大僧正
昭和33(1958)年2月4日  パナマ リカルド=マルティニェラ駐日大使
昭和34(1959)年4月5日  トルコ エテム=メンデレス国防大臣(副首相)
昭和35(1960)年3月23日  ビルマ(現ミャンマー) ウー=ヌー前首相
昭和36(1961)年12月15日  アルゼンチン フロンディシ大統領夫妻
昭和38(1963)年2月11日   フランス 海軍練習艦隊司令官 ストレリー海軍大佐以下候補生乗組員
昭和38(1963)年6月4日    タイ プミポン国王夫妻(名代:中村元司令官)
昭和38(1963)年6月25日   米国 空軍士官学校士官候補生一行
昭和39(1964)年6月3日   インドネシア 大使館付武官 イマム=サルジョノ海軍中佐
昭和39(1964)年9月20日   ビルマ(現ミャンマー) タイセン労働大臣
昭和39(1964)年10月7日   イタリア ジュリオ=アンドレオッティ国防相及び陸海空三軍士官候補生90人
昭和39(1964)年10月17日  パキスタン 陸軍最高司令官 モハメット=ムザ大将
昭和40(1965)年3月26日   旧西ドイツ 海軍練習艦ドイッチェラント号乗艦士官候補生50人
昭和40(1965)年4月16日   タイ 海軍練習艦隊司令官 パントム海軍少将一行
昭和40(1965)年7月10日  アルゼンチン 海軍練習艦リベルタッド号艦長オスカルモヘ海軍中佐以下 海軍士官候補生
昭和40(1965)年9月28日  南ベトナム グエン=ドゥイ=クワン駐日大使
昭和41(1966)年1月31日   フランス 海軍練習艦隊ヘリ空母ジャンヌ=ダルク号及び護衛艦ヴィクトール=シェルシェ号乗艦士官候補生・乗組員
昭和41(1966)年2月17日    ペルー    ホセ=カルロス=フェイレイドス駐日大使海軍練習艦隊艦長 エンリケ=ヴェリア海軍大佐以下
昭和41(1966)年5月30日     チリ モランビオ駐日大使  チリ海軍練習艦隊エスメラルダ号艦長 ロベルト=ケリー中佐以下
昭和41(1966)年10月29日    米国 沖縄民政府政治顧問 ジェームス=マーチン夫妻
昭和43(1968)年6月25日    ブラジル 海軍練習艦隊 クストディオ=デ=メーロ号エディノ=ビアナ=シャモンテ艦長以下士官候補生・乗員120人
昭和43(1968)年9月6日     ブラジル ドンジャイネ・カトリック司教
昭和43(1968)年12月2日    西ドイツ 連邦軍総監 ウイリッヒ=メズィエール陸軍大将
昭和44(1969)年4月9日     米国 在日米海軍司令官 ダニエル.T.スミス海軍少将以下幹部25人
昭和44(1969)年6月6日 奈良カトリック教会 トニー=グリン神父(オーストラリア出身)
昭和45(1970)年1月12日    西ドイツ 空軍総監 ヨハネス=シュタインホ フ中将
昭和45(1970)年2月3日     フランス 海軍練習艦ヴェクトール=シェルシェ号艦長ピエール=トウベ海軍中佐以下
昭和45(1970)年5月12日  オーストラリア  「海軍おばさん」メリーア=アッシュバーナー夫人
昭和45(1970)年7月2日    アルゼンチン 海軍練習艦リベルタッド号艦長エミリオ=エリワード=マセーラ海軍大佐以下
昭和46(1971)年3月26日   パプア-ニューギニア M.T.ソマレ氏国会議員ハニアウル=ヘトラス=サンオン村村長
昭和47(1972)年3月15日    イスラエル 情報副部長 ギルボア准将
昭和47(1972)年3月21日    スペイン 海軍練習艦隊ファン=セバスチャン=エル=カー号艦長リカルド=バリエスピン=ラウレル海軍中佐以下50人
昭和47(1972)年4月1日      チリ 海軍練習艦エスメラルダ号シルバ大佐以下士官候補生及び駐日大使
昭和47(1972)年10月19日   イタリア 駐日武官 R.ドルランディ空軍准将西ドイツ 駐日武官補佐官 クウス=ボルツェ陸軍少佐ブラジル 駐日武官 J.B.フアリア海軍大佐アルゼンチン 駐日武官 T.N.オリーヴァ海軍大佐
昭和48(1973)年1月28日     西ドイツ 陸軍総監 エルネスト=フェルバー陸軍中将
昭和48(1973)年2月14日     南ベトナム バオダイ殿下(ベトナム元皇帝)
昭和48(1973)年3月3日      ペルー 海軍練習艦隊 アレハンドロ=ペレス=ルイス艦長以下乗員60人
昭和48(1973)年5月14日     チリ 空軍士官学校研修団 団長フアン=シューエン空軍少将以下
昭和48(1973)年6月4日      ソ連 ビクトル.V.マエフスキー プラウダ論説委員
昭和48(1973)年11月7日     トンガ タウファハウ=ツポウ4世国王
昭和49(1974)年2月19日     フランス 海軍ヘリ空母ジャンヌ=ダーク号ベリエール艦長以下同海軍駆逐艦フォーバンエドワード艦長以下
昭和49(1974)年4月8日      米国 駐日大使館付武官 リチャード=ネルソン=スタンダード大佐以下
昭和49(1974)年10月28日    インド G.S.デロン大佐以下
昭和50(1975)年11月8日     ビルマ(現ミャンマー)ウー=ボー=レーサ農業大臣
昭和52(1977)年3月7日      フランス 海軍練習艦ジャンヌ=ダルク号艦長ステファーノ=ボーサン海軍フォルバン号艦長ジョンノエル=プーリカン氏 駐日大使館付武官 アンドレ=ルメール海軍大佐
昭和52(1977)年3月26日     英国 クワイ河再会団(大戦中、泰緬鉄道建設に従事)精神科医 W.H.オールチン博士
昭和52(1977)年9月4日     タイ国軍副司令官 クリアン=サック大将以下
昭和52(1977)年9月19日    西ドイツ 駐日大使館付新任武官 カール=ハインリッヒタル氏駐日大使館退任武官 ペーター=フシュミット氏
昭和52(1977)年11月22日  アルゼンチン 空軍士官學校 ヘスス.C.カペリーニ氏以下
昭和54(1979)年10月28日   インド  カルカッタ市 チャンドラボース=リザーチィン=スティテュド館長シシール=クマール=ボース夫妻
昭和55(1980)年11月1日    チベット  チベット仏教(ラマ教) ダライ=ラマ14世法王
昭和56(1981)年1月26日   米国    在日米空軍横田基地司令官 ドゥエイン.C.オーベルグ大佐夫妻以下
昭和56(1981)年4月29日    米国   在日アメリカンスクール教育長 リチャード.T.オスナー氏 昭和56(1981)年5月12日     オーストリア   ウイーン大学宗教学 フリッツ=フィ
昭和56(1981)年6月2日                      ンガー=ライダー教授夫妻一行
昭和56(1981)年6月22日      インドネシア   アラムシャ.R.プラウィネガラ宗教相
昭和57(1982)年11月25日 エジプト    前世界イスラム審議会事務総長モハメッド=トゥフィック=オーエイダ博士
昭和58(1983)年8月4日      米国    国立公園アリゾナ記念館 ゲーリー=カミンズ館長
昭和58(1983)年11月9日     インド  マガタ大学歴史学教授 アングッシュマン=ラビ博士 マガタ大学歴史学教授 シンジャ=アワンマドゥ=クレジ博士 昭和59(1984)年12月13日     インド 旧インド国民軍 シャーザダ=ブランデイーン=カーン陸軍大佐
昭和60(1985)年6月10日      エジプト モハメッド=サミー=サーベット駐日大使アニース=ネマタラー駐日公使
昭和60(1985)年7月23日 米国 在日米空軍横田基地空軍司令官 ウォル=ファイル大佐
昭和60(1985)年10月18日 西ドイツ 駐日大使館国防武官 マウル大佐
昭和61(1986)年6月6日 米国 在日米空軍横田基地空軍副司令官 エドワード=フライ大佐
昭和62(1987)年10月19日 西ドイツ 元駐日大使館付武官 クルグ海軍大佐夫妻
昭和63(1988)年8月13日 パキスタン 駐日大使館付陸軍准将 ブリカディー=ムハマド=ネイブ=テナ氏
昭和63(1988)年10月27日 米国    在日米空軍横須賀基地司令官 スティーブ
平成元(1989)年6月20日
平成元(1989)年6月20日               ン.H.ハウエル海軍大佐
平成元(1989)年11月14日 西ドイツ ハンブルク市国防軍指揮幕僚学校教官エーベルバルト=メシェル空軍大佐
平成2(1990)年10月27日 統一ドイツ  シュトゥットガルト放送交響楽団団長ルッツ=リューデンマン博士
平成3(1991)年10月30日 チリ ルネ=アベリウク通産大臣
平成4(1992)年3月1日      スリランカ C.マヘンドラン駐日大使
平成4(1992)年7月10日 フィンランド カリ=ベリホルム特命全権大使
平成5(1993)年9月21日 リトアニア アドルファス=スレジェべシス首相
平成5(1993)年11月7日 タイ 空軍司令官補佐 サマート=ソサティット空軍大将
平成6(1994)年6月15日 イギリス 駐日大使館付武官 M.スミス海軍大佐
平成7(1995)年4月26日 インド 故ラダ=ビノード=パール博士令息 プロサント=パール氏
平成7(1995)年5月30日 チベット テンジン=テトン前主席大臣(首相)
平成7(1995)年8月2日 ミャンマー(旧ビルマ) ウ=アエ文化大臣
平成7(1995)年8月14日 パラオ(ベラウ) イナボ=イナボ政府顧問
平成7(1995)年11月1日 ドイツ ロベルト=ウェルナー駐日武官夫妻
平成8(1996)年6月15日 イギリス   駐日大使館付武官 ロバートソン大佐駐日大使館付武官 エドワーズ大佐
平成8(1996)年6月17日   パラオ・ぺリリュー戦の旧日米両軍関係者53人
平成8(1996)年8月13日 イラン M.シャケリ駐日大使館一等書記官ドイツ 駐日大使館国防武官 ロベルト=ウェルナー陸軍大佐
平成8(1996)年8月20日 スロベニア ダニーロ=チュルク国連大使
平成8(1996)年10月18日 トルコ 駐日大使館付武官 ネディム=アンバル海軍大佐
平成8(1996)年11月1日 韓国 李玖・旧朝鮮王朝王子
平成9(1997)年4月5日   トルコ 駐日大使館付武官 ネディム=ランバー海軍大佐ルーマニア 駐日大使館付武官 ダン空軍大佐インド 駐日大使館付武官 カトチ陸軍大佐 マレーシア 駐日大使館付武官 ハミド海軍大佐イスラエル 駐日大使館付武官 ドルファン准将ロシア プロコペンコ駐日大使館事務官駐日大使館付武官 エヴストラホフ陸軍少将タイ 駐日大使館付武官 シーラカムクライ氏
平成9(1997)年4月13日 タイ プーン=サック海軍中将
平成9(1997)年4月22日 ルーマニア ダン空軍大佐スイス ドルガー防衛軍大佐タイ ポンプン陸軍大佐
平成9(1997)年11月25日 インド 故ラダ=ビノード=パール博士令息 プロサント=パール夫妻
平成10(1998)年4月4日 ルーマニア 駐日大使館付武官 ラルジュアーヌ陸軍大佐イスラエル 駐日大使館付武官 ドルファン准将インド 駐日大使館付武官 ヴォドガオン=カール海軍大佐ブラジル駐日大使館付武官 キーゼル海軍大佐ポーランド  駐日大使館付武官 スタルシコ陸軍大佐ロシア 駐日大使館付武官 エフストラフコ陸軍少将駐日大使館付武官 ボカチョンコフ海軍大佐スイス 駐日大使館付武官 マイヤ陸軍大佐トルコ 駐日大使館付武アンバル海軍大佐
平成10(1998)年4月22日 イスラエル 駐日大使館付武官 ドルファン准将 (春季例大祭当日祭に参列)ブラジル   駐日大使館付武官 キーゼル海軍大佐 (同上)トルコ 駐日大使館付武官 アンバル海軍大佐 (同上)ポーランド 駐日大使館付武官 スタルシコ陸軍大佐
平成10(1998)年6月27日 米国 米海軍第七艦隊 ミカエル=ローランド=オリバー海軍大佐
平成10(1998)年8月  米国 在日米軍横田基地の空軍関係者、遊就館見学
平成10(1998)年10月18日 トルコ セミー=イエシブルサ海軍大佐ポーランド スタルシコ陸軍大佐
平成11(1999)年1月17日 ブラジル サンパウロ市 松柏学園
平成11(1999)年3月19日 カナダ ビクトリア市 セントマイケルズ=ユニバーシティ=スクール
平成11(1999)年4月3日 インド 駐日大使館付武官 ウェヘライ海軍大佐ルーマニア  駐日大使館付武官 イラン=ラアルジェアヌ空軍大佐ロシア 駐日大使館付武官 ボカチョンコフ海軍大佐タイ 駐日大使館付武官 マイトリー空軍大佐駐日大使館付武官 スリヤン陸軍大佐トルコ 駐日大使館付武官 イエシルブルサ海軍大佐イラン 駐日大使館付武官 サファリ海軍少将ブラジル  駐日大使館付武官 フェヘライ海軍大佐マレーシア 駐日大使館付武官ハミド海軍大佐
平成11(1999)年9月13日 チベット    チベット仏教 リクー=ブッダ=ダツ氏
平成11(1999)年10月19日 ポーランド  駐日大使館付武官 ヴワデイスフク=スタルシコ陸軍大佐トルコ 駐日大使館付武官 イエシルブルサ海軍大佐 平成12(2000)年1月12日 米国 コルゲート大学学生
平成12(2000)年4月5日 台湾(中華民国) 高砂族元義勇兵・遺族
平成12(2000)年4月8日 トルコ 駐日大使館付武官 セミー=イエシブルサ海軍大佐ルーマニア 駐日大使館付武官 イラン=ラアルジュアル空軍大佐イスラエル 駐日大使館付武官 ズイブ陸軍大佐スイス 駐日大使館付武官 マイヤ陸軍大佐ミャンマー(旧ビルマ) 駐日大使館付武官 キン=モン=ウィン陸軍大佐イタリア 駐日大使館付武官 オファーノ=ルチアーノ海軍大佐ポーランド 駐日大使館付武官 キメク=トーマス陸軍大佐ロシア 駐日大使館付武官 ボカチョンコフ海軍大佐インド 駐日大使館付武官 ヴァドガオンカール陸軍大佐駐日大使館付武官 ビスワン空軍大尉メキシコ 駐日大使館付武官 セルジオ=ララ=モンテジャーノ海軍少将 平成12(2000)年4月17日 台湾 高砂族元義勇兵・遺族
平成12(2000)年4月26日 インド 沿岸警備隊長官 ジョン=コリンズ=デシルバ海軍中将
平成12(2000)年10月18日 イタリア  駐日大使館付武官 オッタリオ=ルティグハーノ海軍大佐トルコ 駐日大使館付武官 クトイ=ジング氏
平成13(2001)年3月22日 カナダ ビクトリア市 セントマイケルズ=ユニバーシティ=ミドルスクール
平成13(2001)年4月7日 スイス 駐日大使館付武官ハンズ.R.マイヤ陸軍大佐インド 駐日大使館付武官 ヴァドガオンカール陸軍大佐 イスラエル駐日大使館付武官 ズイブ陸軍大佐ミャンマー(旧ビルマ) 駐日大使館付武官 キン=モン=ウィン陸軍大佐ポーランド  駐日大使館付武官 スタルシコ陸軍大佐ルーマニア  駐日大使館付武官 ラルジュアーヌ陸軍大佐トルコ 駐日大使館付武官 セミー=イエシブルサ海軍大佐ドイツ 駐日大使館付武官 ライムンド=ヴァルナー海軍大佐ブラジル  駐日大使館付武官クラウジオ=ホジェリオ=デ=アンドラ=フロール海軍大佐
平成13(2001)年4月7日 台湾(中華民国)高座会(台湾出身元少年工員・家族)
平成13(2001)年4月22日 ブラジル 駐日大使館付武官クラウジオ=ホジェリオ=デ=アンドラ=フロール海軍大佐トルコ 駐日大使館付武官 クタイ=ゲンチ陸軍大佐
平成13(2001)年4月26日 米国 海兵隊第三師団長 ウォーレス=グレッグソン海兵隊少将
平成13(2001)年6月27日 インド ヒンドゥー教徒 カリアン=ババ氏
平成13(2001)年10月18日 トルコ 駐日大使館付武官 クタイ=ゲンチ陸軍大佐
平成13(2001)年10月30日 アゼルバイジャン  アリ=マシホフ元首相・人民戦線党最高評議会議長
平成14(2002)年3月      韓国 駐日大使館付武官 柳海軍大佐 駐日大使館付武官除陸軍大佐
平成14(2002)年4月10日 ペルー アルベルト=フジモリ元大統領
平成14(2002)年5月31日 米国 在日米軍空軍基地将校会 ロニー=デート空軍少佐以下
平成14(2002)年8月     米国 国立公園アリゾナ記念館 キャサリン=ビリングス前館長
平成15(2003)年2月     南アフリカ アッパ=オマール前広報庁次官
平成15(2003)年4月  スイス 駐日大使館付武官ハンズ.R.マイヤ陸軍大佐     
平成17(2005)年4月4日 台湾(中華民国)台湾団結連盟(台連)蘇進強主席ら同党訪日団   
 昭和二十年から平成十七年までの間でも少なくとも三百七十四件もの外国要人が靖国神社を参拝している。
 エリツィン元ロシア大統領は昇殿参拝ではなく拝殿参拝だったためこの中には入っていないが、この事実はマスコミではほとんど報じられていない。
我々の先人が日本人が世界中から尊敬され愛されている事のあらわれではないのか。 安倍首相には堂々と参拝をしてほしいし、靖国神社参拝を我が国の慣例行事として位置づけ、未来永劫、天皇陛下はもとより、国内の為政者が躊躇する事なく英霊に対する尊崇の誠を捧げ続けて頂きたい。
 それを今、実現できる可能性があるのは安倍晋三しかいないのではないか。
この機会を逃しては戦後体制は永遠に続いていかなければならないものと覚悟しなければならない。
 最後にインドのパール判事の言葉で締め括る。欧米諸国は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示する目的であったにちがいない。

日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、退廃に流れていくのを、私は平然と見過ごす訳にはゆかない。

誤られた彼らの宣伝を払拭せよ。

誤られた歴史は書き換えられなければならない。

 

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