暴排条例「男はつらいよ」寅さんが嘆いている

「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかり姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」
お決まりの仁義を切ると寅さんが歌いだす・・・

「どうせおいらはやくざな兄貴 わかっちゃいるんだ 妹よ
いつかおまえの よろこぶような 偉い兄貴に なりたくて
奮闘努力の 甲斐も無く 今日も涙の  今日も涙の 日が落ちる 日が落ちる」

渥美清主演、山田洋次監督の日本が誇る大ヒット名作映画「男はつらいよ」です。

冒頭の寅さんの「挨拶」は国民の誰もがなれ親しんだものです。
この挨拶を「仁義を切る」と言います。
仁義を切る(じんぎをきる)とは、博徒や香具師(やし)所謂テキヤなどの任侠道に生きるものが初めて顔を合わせたとき挨拶をすることなのです。
と言うことは寅さんはテキヤ。すなわち「ヤクザ」。
現在では「暴力団員」と呼ばれています。
公安の人間が外国人との記者会見で「寅さんは、ヤクザです。」と公言しています。
これほど国民に愛されたヤクザか居たでしょうか。

昨年から全国で実施された「暴力団排除条例」と寅さんはどのような関係にあるのでしょうか?
この条例は国民の生活にも影響を与える危うい条例なのです。
この条例を皆様にわかりやすく説明するために「寅さん」に登場願ったのです。

寅さんは全国を渡り歩くテキヤさんです。
家族は妹のさくら、夫の博。二人の間には一人息子の満男がいます。満男は叔父の寅さんに憧れ、その影響を受けながら成長していきます。
寅さんの実家は葛飾柴又の帝釈天にある老舗の団子屋「とらや」。
おいちゃんとおばちゃんが経営しています。
「とらや」の裏に隣接するのが博が勤める印刷会社。この印刷会社を苦しみながら経営しているのが通称タコ社長です。これらの市井の人々が泣き笑いしながら家族同様に暮らしているのです。
さくらが問題児の寅さんの相談をするのが、 柴又題経寺の住職、通称「御前様」です。
寅さんは御前様には頭が上がりません。

さて、全国で施行された暴力団排除条例。
たちまち寅さんたちの生活を巻き込んでいきます。
祭りのあるところなら全国どこでも露天を開く寅さん。
ところが、今回は神社が許可を与えてくれません。
理由は寅さんが「ヤクザ」ということです。
寅さんたちまち生活に困ります。いつものように妹に電話をかけます。
「よう、元気か。息子は元気か・・・亭主は相変わらずタコのところで安月給か?」
「おにいちゃんは?変わりない?どうしたの・・元気がないわね・・・。」
「そうよ。排除条例ってのが出されて今までのように神社で商売ができねえのよ。」
「なによ。条例って?」
「オレもよ、よくわかんないけどよ、ヤクザと関わったら罰せられるらしい・・・
いやな世の中になっちまつたな。」
「それなら、早く帰って来て?おいちゃんたちが待っているわ」
「オレに団子屋はむかねえ!堅気の暮らしが出来ると思うのか・・?」
「おにいちゃん。お金はあるの・・・?」
「あったら、お前に電話しねえよ・・・。」
「銀行口座教えて・・多くは出来ないけど振り込むから・・・ね。」
「ところがよ・・・。ヤクザは通帳が持てねえんだよ。」
「・・・・・・」(思わず絶句する妹)

このようにヤクザの情報は警察から企業や銀行に公表され、寅さんのように銀行口座の開設を拒否されるのです。
そして、この条例は寅さん本人だけでなく、寅さんと親しい人々も巻き込んでいきます。

地元では寅さんがヤクザであることは誰もが知っています。
条例は親族である妹の生活を変えて生きます。
彼女はスーパーのレジを打つパートで生活を支えています。ところが、今まで親しく接してきた同僚たちから敬遠されるようになりました。
ある日、店長に呼び出された彼女は退職を勧められます。
理由は排除条例による密接交際者になることを恐れたからです。
密接交際者になれば公表される上、処罰の対象になるからです。
彼女はそうした影響を考慮し、静かにスーパーを去りました。スーパーだけではありません。長年に渡って交流してきた商店街の人々や酒屋さんを始めクリーニング店までがよそよそしい態度を取り始めました。
まるで、「魔女狩り」です。
彼女が何か悪いことをしたでしょうか?
やさしくて正直な兄思いの妹を誰が苦しめるのでしょうか?

そのころ団子屋でも事件が起きていました。
商店街の組合から除名されたのです。おまけに、仕入先も取引を断ってきました。
観光マップから団子屋が抹消されました。
老舗の店が大きな危機に見舞われました。
妹の夫が勤める印刷会社も排除条例の影響を受けます。
今まで東京都の入札業者でしたが、その資格が取り消されました。
おまけに公的融資どころか銀行の融資も受けれません。
社長は倒産の覚悟を決めました。社員は今後どうするのでしょうか?

甥もこの影響を受けてある決心をしました。
恋人との結婚をあきらめたのです。ふたりの未来に希望が持てないからです。

一般市民であっても、暴力団関係者と生活や商売において関わりを持つと、利益を供与したとされ処罰され、親しくすることで密接交際者と特定されるとこれもまた罰されます。街の人々は、寅さんの関係者と大きな距離をおいたり、交流を絶つことで自分に降りかかる火の粉を払ったのです。

さて、「御前様」はどうなるのでしょうか。
この条例に当てはめれば「密接交際者」であることは言うまでもありません。
寅さんのようなテキヤを愛し有効を保とうとする神社仏閣の神主や住職まで、かってのGHQのように逮捕するのでしょうか?

中世の「魔女狩り」、ナチスの「ホロコースト」、米国の「レッド・パージ」毛沢東の「文化大革命」、わが国の「部落差別」等の傾向によく似ています。
憲法で保障されている私たちの権利は守られないのでしょうか?

映画「男はつらいよ」は48作も続いたシリーズです。
寅さんに癒され、笑い、泣いて、私たち日本人が古くから持つ、文化や慣習という普遍的なものを感じていたはずです。
われわれ日本人は「任侠」に憧れ育ってきました。

今、日本の古きよき文化が壊せれているように思われます。

寅さんの妹は御前様を訪ねました。
「午前様、お兄ちゃんが悪いのですか・・・?」
御前様は夕焼けを見ながら答えました。
「それを言っちゃーおしめえよ。」