第180回国会(常会)
質問主意書
質問第一一六号
暴力団員による不当な行為の防止等の対策の在り方に関する質問主意書
右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。
平成二十四年五月十八日
又 市 征 治
参議院議長 平 田 健 二 殿
暴力団員による不当な行為の防止等の対策の在り方に関する質問主意書
昨今、暴力団員と見られる者による襲撃等、暴力事件が増加している。元来、市民の安寧な生活や企業の健全な経済活動のため、民事介入暴力の防止など暴力団の不当な行為をなくしていくことは当然である。しかし、暴力団排除に名を借りて、憲法違反のおそれが強い法制度が導入され、警察が無制限に権限を拡大しているとの指摘もある。
現在、全国都道府県で施行されているいわゆる「暴力団排除条例」については、国の基本法である憲法が保障した結社の自由や基本的人権に関わる内容を、立法府における手続を経ずに制限するものとなっているという意見がある。実際、各都道府県の条例によっては、「密接交際者」や「反社会的勢力」といった曖昧な概念が「暴力団関係者」の範疇に含まれて解釈されるなど、どのような主体のどのような行為が条例違反に該当するかの判断は警察に委ねられている実態があるため、法体系上の整合性を著しく乱すおそれもあるとの見解も存在する。
今国会において、「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律の一部を改正する法律案」が内閣から提出されている。本改正法案については、「暴力団員による不当な行為の防止」を図る法律というよりは、「暴力団員」とみなされた者に対して、人間なら誰しもが生活する上で欠かせない正常かつ基本的な社会での営みや、住居の購入・賃貸借、自動車の購入等の正常な契約行為に基づく行動すら規制し困難にすることにより、人間としての存在を社会で許さないように制限することが政策的目標にされているのではないかとの懸念が示されている。さらに、「防止」を理由として、未だ罪を犯していない者の行動を重罰をもって規制し、人権の制限や事実上の団体規制が拡大され、憲法が保障する基本的人権と民主主義の原則を損ないかねないとの懸念も表明されている。よって、以下のとおり質問する。
一 条例等における「暴力団関係者」の定義について、全ての法令で統一された明快な基準を示すべきと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
二 本改正法案は、「特定危険指定暴力団」及び「特定抗争指定暴力団」の指定を新たに規定しているが、公安委員会が指定する際における第三者からの意見を聴取する制度が規定されていない。従来の法律にあった「指定暴力団」の指定の際における聴聞会を開催する規定との整合性について、政府の見解を示されたい。また、公安委員会の指定という行政行為に対する不服申立の手続はどのようになるのか、政府の見解を明らかにされたい。
三 前記二のような手続の規定もなく「特定危険指定暴力団」及び「特定抗争指定暴力団」の指定を行うことは、当該団体と構成員の行動を制約し、集会の自由や財産権等の人権を大きく制限するものであり、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」とする憲法第三十一条の適正手続の保障の規定に抵触するものと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
四 本改正法案は、第三十二条の四において「都道府県暴力追放運動推進センターによる事務所使用差止請求制度」を創設し、住民の委託を受けた同センターが、指定暴力団等の事務所の使用及びこれに付随する行為の差止請求訴訟を行う権限を有することができるようになるとしている。しかしながら、この点については、日弁連が会長声明で、「人格権という一身専属的権利を任意的訴訟担当という制度により授権しうるかという疑問があるうえ、訴訟物が授権住民の人格権である以上、訴訟中に相手方当事者である暴力団に誰がかかる授権をしたかを明らかにせざるを得ず、周辺住民が自ら当事者となることの恐怖感を払拭することができないおそれがある。このように必ずしも十分な効果が見込めないにもかかわらず、民事訴訟法上も例外的であり、場合によっては弁護士法の弁護士代理の原則の潜脱ともなりかねない任意的訴訟担当という制度を導入することについては慎重であるべきである。」とし、また、「適格団体に固有の権利として使用差し止め請求権を認める法制度との比較検討、消費者団体訴訟制度等の他の法制度との権衡、制度を導入した場合に暴力団事務所の使用差し止め以外の場合への類推の可能性、適格団体の業務の適正(管理監督体制、報酬等)の確保の方策等、なお十分な議論がなされていない点がある。」と指摘している。
これらの疑問点に対する政府の見解を示されたい。また、当該制度の創設に当たり、法制審議会における十分な議論が必要と考えるが、併せて政府の見解を明らかにされたい。
五 本改正法案は、第三十二条の二で「事業者の責務」として、「事業者は、不当要求による被害を防止するために必要な第十四条第一項に規定する措置を講ずるよう努めるほか、その事業活動を通じて暴力団員に不当な利益を得させることがないよう努めなければならない。」との条項を新たに設けている。
第十四条第一項は、暴力団員による不当要求による被害防止のために必要な責任者の選任、不当要求に対する対応方法の指導等の援助を公安委員会が行うことができるようにしたものだが、この条項が現行法に盛り込まれたことから、民間企業への警察OBの天下りが増加し、特に「暴力団排除条例」の制定に伴って著しく増加したとの指摘がある。
本改正法案で同条項の履行を事業者に義務づけることは、社会的批判の強い天下りにお墨付きを与えることになると考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
六 第三十二条の二は、「暴力団員に不当な利益を得させることがないように努め」ることを責務としている。しかし、事業者が暴力団員に通常の社会生活に必要なサービスや商品提供に応じたことをもって、「暴力団員に不当な利益を得させ」たものとみなされ、営業上の不利益を受けることがあってはならない。例えば、暴力団員の子どもが学校生活上、銀行等に口座を開設する必要がある場合、それは「不当な利得を得」させたことになるのかなど、具体的に何が「暴力団員に不当な利益を得させる」行為なのか、また、誰がそれを認定するのか、事業者が容易に判断できるような基準を明示する必要があると考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
七 全都道府県で制定されたいわゆる「暴力団排除条例」の下で、暴力団員に不当な利益を得させないためと称して、暴力団排除体制の企画・立案・整備などに関する「反社会的リスク管理業務」、取引相手が暴力団関係者であるか否かを審査する「属性審査業務」、取引契約の相手方や内容をチェックする「契約書審査業務」等に、「都道府県暴力追放運動推進センター」が関与する体制の構築が推奨されているとの指摘もある。
本改正法案第三十二条の二は、民間の事業者の自由な取引契約に警察が関与することを法的に義務づけることを意味しないか。政府の見解を明らかにされたい。
八 本改正法案では、警察等による事務所等への立入検査等の際、警察官の質問に対し陳述しなかった場合に処罰されるとの規定(第四十九条)がある。これは、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」とする憲法第三十八条第一項「黙秘権の保障」の規定に抵触するのではないか。政府の見解を明らかにされたい。
九 「暴力団排除条例」による取締りに加えて、本改正法案が重罰をもって様々な社会生活場面からの暴力団及び暴力団員の事実上の排除を進めることは、かえってこれらの団体や者たちを追い込み、暴力犯罪をエスカレートさせかねないのではないか。暴力団を脱退した者が社会復帰して正常な市民生活を送ることができるよう受け皿を形成するため、相談や雇用対策等、きめ細かな対策を講じるべきと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
右質問する。
答弁書
答弁書第一一六号
内閣参質一八〇第一一六号
平成二十四年五月二十九日
内閣総理大臣 野 田 佳 彦
参議院議長 平 田 健 二 殿
参議院議員又市征治君提出暴力団員による不当な行為の防止等の対策の在り方に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
参議院議員又市征治君提出暴力団員による不当な行為の防止等の対策の在り方に関する質問に対する答弁書
一について
一部の条例において「暴力団関係者」という文言を用いていることは承知しているが、条例については、各地方公共団体の判断により制定されるものであるので、国において御指摘のような「基準」を定めるべきものとは考えていない。
二及び三について
第百八十回国会に提出している暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律の一部を改正する法律案(以下「改正法案」という。)による改正後の暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(平成三年法律第七十七号。以下「法」という。)第十五条の二第八項又は第三十条の八第四項において準用する法第五条第一項の規定により、都道府県公安委員会は、法第十五条の二第一項又は第三十条の八第一項の規定による特定抗争指定暴力団等又は特定危険指定暴力団等の指定をしようとするときは、法第三条又は第四条の規定による指定暴力団等(法第二条第五号に規定する「指定暴力団等」をいう。以下同じ。)の指定の場合と同様に、公開による意見聴取を行わなければならないこととされている。
また、法第十五条の二第一項又は第三十条の八第一項の規定による特定抗争指定暴力団等又は特定危険指定暴力団等の指定については、行政不服審査法(昭和三十七年法律第百六十号)及び行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)の規定の適用がある。
したがって、「「特定危険指定暴力団」及び「特定抗争指定暴力団」の指定を行うこと」が「憲法第三十一条の適正手続の保障の規定に抵触する」との御指摘は当たらないと考えている。
四について
お尋ねの「都道府県暴力追放運動推進センターによる事務所使用差止請求制度」(以下「本制度」という。)は、指定暴力団等の事務所(法第三十条の二第二号に規定する「事務所」をいう。以下同じ。)の使用により生活の平穏又は業務の遂行の平穏が違法に害されていることを理由として当該事務所の使用等の差止めを請求しようとする付近住民等(法第三十二条の三第二項第六号に規定する「付近住民等」をいう。以下同じ。)が、暴力団員(法第二条第六号に規定する「暴力団員」をいう。以下同じ。)による報復等への懸念からこれをちゅうちょすることがあるという問題に対処するため、法律により、当該付近住民等が、自らの意思で、その請求に関する権限を適格都道府県センター(法第三十二条の四第一項に規定する「適格都道府県センター」をいう。)に委託することができることとする制度であり、右のような問題を解消する上で効果があるものと考えている。
また、法第三十二条の四第三項の規定により、指定暴力団等の事務所の使用等の差止めの請求に係る民事訴訟手続等については弁護士に追行させなければならないこととされていること等から、本制度は弁護士代理の原則に反するものではないと考えている。
このほか、御指摘の「なお十分な議論がなされていない点がある」という点についても、改正法案の国会提出に当たり、政府として十分に検討を行ったものである。
なお、本制度については、民事法、刑事法その他法務に関する基本的な事項に該当するものではないことから、法制審議会において調査審議する必要があるとは考えていない。
五から七までについて
お尋ねの「社会的批判の強い天下りにお墨付きを与える」の意味が必ずしも明らかではないが、法第三十二条の二は、事業者(法第十四条第一項に規定する「事業者」をいう。以下同じ。)に、その事業活動を通じて暴力団員に不当な利益を得させることがないよう努める等の責務があることを規定するものであり、何が「暴力団員に不当な利益を得させる」行為なのかについては、その責務を有する各事業者において、社会通念に従って適切に判断されるべきものと考えている。
また、同条は、事業者による取引や契約に警察が関与することを法的に義務付けるものではない。
八について
法第三十三条第一項の規定による質問は、他の一般的な行政目的による質問の権限と同様に、犯罪捜査のために認められたものではなく、法の規定に基づく命令その他法の施行に必要があると認めるときに、法の施行に必要な限度において実施することができるものであり、その違反者を処罰することは憲法第三十八条第一項の規定に違反するものではないと考えている。
九について
御指摘のように暴力犯罪がエスカレートするようなことがないよう、御指摘の対策を含め、警察及び関係機関において必要な措置が講じられていくべきものと考えている。
参議院議員ホームページより