暴排条例の問題点と危険性 ~萬新聞より~

暴排条例の問題点と危険性
この暴排条例には多くの問題点がありますが、主なものを上げてみます。
まず、この法令は世の中から「暴力団」を締め出そうという趣旨ですが、その暴力団であるか否かを根拠も曖昧なままであるにもかかわらず警察の裁量によって決められる。
また、警察から暴力団として決めつけられた団体とその構成員だけでなく、様々な付き合いのあった周囲の人々までが処罰の対象となることです。そもそも、社会において人間同士がどのような関係を結ぼうと自由な筈です。
それを警察から「暴力団とは付き合うな。付き合うならお前も同罪だ」といわれる筋合いはないのです。
こうした警察による必要以上の介入は、社会を萎縮させてしまいます。
また、この法令によって警察は暴力団を辞めさせるよう仕向けていますが、たとえ辞めていても、なんと五年の間は一般市民として認められないのです。これまでの生活から切り離しておきながら、社会にその受け皿が存在しない。
つまり、暴力団でも一般市民でもない。ならば、その間いったい何者であり、その五年の年月をどうやって生きろというのでしょうか。
警察に一人の人間の生存権を脅かしてよいという権利があるのでしょうか。
さらには、警察がこの法令の施行躍起となった背景には、暴力団からこれまでの利権を奪って天下り先を確保するために、暴排条例を隠れ蓑として利用していることがあります。
高度成長期からバブル期まで警察官僚も退官後の天下り先には事欠きませんでしたが、団塊世代が大量に定年の時期を迎える警察が昨今の不況により、それがままならなくなると、法令をたてに利権を作り出そうとしているのです。
こうした危険性について、何故かマスコミは書こうとしません。そのため、先にあげたような問題点が未だに世間で認識されずに来ているのです。
また警察が「市民のため」と称して、表向き市民社会を隠れ蓑として利用しいるために一般市民にはこの危険性が隠ぺいされ、見過ごされているのです。
 警察が暴排条例の施行を急ぐ訳
 暴排除例のような法令が急速に全国に拡大したのか。
その背景には、我が国に対する外国からの圧力が加えられているのも理由の一つです。
それは米国から、「年次改革要望書」という形で日本政府に対してなされ、平成二十一年の民主党への政権交代まで続いていました。
現在でも「日米経済調和対話」という形で米国からの要求は続いています。
表向き日本政府と米国政府が両国の経済発展ために改善が必要と考える相手国の規制や制度の問題点についてまとめた文書となっていますが、要は米国が国益の追求のため、我が国に対し社会・経済制度の米国化を要求しているのです。
郵政民営化や医療改革、司法制度改革などはそうした米国の要求の一環ですが、日本側は必死にその内容の実現図ってきました。
敗戦後の米国頼みが我が国の骨の髄まで浸透し、独立自尊の気概を忘れてしまったかのようです。
そんな流れの表れか、最近、米財務省は日本の警察が指定暴力団としている団体とその中心人物二人に対し、経済制裁として米国内の資産を凍結する、と発表したことが報じられました。こうした例は今年二件目だそうで、日本の指定暴力団とされる団体が、東南アジア地域での売春に関わり、さらにその資金が北朝鮮などへブラックマネーとして流れている、というのです。
なぜ、米国が日本の国内問題まで関与するのか。我が国に対し米国流の社会改造を行わせるため、これまで日本社会に存在し、米国流の経済活動にとって不都合な存在を排除しかかっている訳です。
そして、前述のような米国が指摘する暴力団とブラックマネーの構造も実態は疑わしいものです。
このような米国のもっともらしいデッチアゲとして、大量破壊兵器を保有しているという理由でイラクのサダム・フセイン体制を崩壊させたという前科があります。
イラク戦争後、米国がイラク攻撃の大義名分とした大量破壊兵器の存在は完全に否定されました。
主権をもつ一国の政権を自国の国益のために言いがかりをつけて崩壊させ、多くのイラク国民を死に追いやったという事実のほうが大きな犯罪であり、「暴力団」といえるのではないでしょうか。そんな米国の要求に唯々諾々と従う日本の政府や官僚達。
常に何らかの要求や支持があるのか、それとも、そんなものがなくとも米国のために進んで便宜を図るような体質になってしまっているのか。
いずれにしても彼らの行いは情けない限りです。
そこに警察が利益を見出し、作り出したものが暴排条例です。
外国の要求に従い、あるいは利害の一致をみて、我が国の社会の在り方、、価値観、人間関係を否定し、米国流の社会を作ろうとすることは、日本の精神そのものの破壊ではないでしょうか。
 警察官僚の目論む〝日本精神″の解体
 日本の精神とは何か。それは、明治維新の際、明治天皇が国の在り方を諸外国に対して示された五箇条の御誓文に明らかです。
そのうちの一箇条に、「一 上下心ヲ一ニシテ盛二経論ヲ行フヘシ」とあり、我が国の国民精神を涵養して一致団結したのです。
現在、警察官僚の行っていることは、暴排条例によって排除され、そのうえ一般市民にも入れないという新たな身分を作り出し、この国民の団結を崩すものです。
また、明治維新によって廃止された身分制を再び甦らせるものであり、それは明治天皇の大御心に反することです。
断じて承服することができません。
そして日本の精神を守り抜かなければならないと考えます。我々は今後とも警察官僚による日本精神解体の所業に抗し、その非を糾弾してゆく所存です。

萬新聞  渡邊謙二氏 より抜粋

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